出陣の賦

九州豪雨が一日も早く復興しますように

なぜオレは執拗にFランク大学をこき下ろし続けてたのか?

受験生の皆さん、最後の決戦に向けて抜かりなく駒を進めてますか?たとえ矢尽き刀折れ万策尽き果てようとも、君Fランク大学へ進み給うことなかれ!

なんか、ここ最近Fランク大学が気にくわなくて気にくわなくて。それこそ、DNAレベルで拒絶反応を示していた。
「なんでこんなにFランク大学のこと、マジギライなのかな?」
と思ってたんだけど、ふとした拍子に気づいてしまった。
★オレの親父、Fランク大学出身だった!
→今日の朝10時くらいまで親父の大学、「地方のボンクラ私大」だと思ってたけど。なーんだ、半世紀前にできた早すぎたFランク大学だったんだ。

常々、「なんでウチ貧乏なのに、親父はボンクラ私大に行ったんだ?」と疑問に思ってたけど。親父の晩年を子ども目線でしか見てないからこうなる、父方の祖父が一代で財をなした商売人だったのすっかり忘れてた。

周りのウチより裕福に育った親父、高校卒業時に地元の国立大学に受かるアタマも持ってないのに大学行きたいと言いだし。息子に甘い祖父が、つい許したモンだと今になってわかった。たぶんあの頃、今から半世紀前の私大なんて早稲田・慶応・MARCH以外は、バカでもお金出せば誰でも入れると言われてて。だから親父は、家から近い地元の私大に行ったんだろうけど。
★生前(1980年代)。親父がさんざんバカにしてた日本大学ですら。その後の絶ゆまぬ努力の末、今では勉強しないと入れない大学になったというに!

さて大学出てからのコイツの人生がまさにFランク大卒あるあるだった。
・地元の会社に就職
・会社の幹部がみんな同族で、出世の見込みなしと退職。
・自営業始めるも、育ちのせいで人に頭下げるのが下手で行き詰まる。
・特に、役人相手の仕事に行き詰まる。高度成長期当時の公務員って、頭が良いのに経済的な理由で大学に行けなかった連中が多く。大学で高等教育受けた身にとっては、頭下げるの屈辱であったろう。
・あからさまに成功するわけのないビジネスの、唯一の隠し球は祖父の財産。がっ、祖父の死後に遺産がぜ~んぶ長兄に持ってかれてしまい詰む。
・なかなか世に認められず、貧しくタラレバしかない生涯を送り、晩年息子に「役人はイイゾ~」と言って死ぬ。享年42歳。
→哀しい。

そしてもう一つ、気づきたくない事実に気づいてしまった。母が卒業した短大、所謂「花嫁学校」で。卒業後は一般職で就職してコピー取りみたいな軽作業に従事、そのあと2・3年で退職して結婚、半世紀前の女性の結婚適齢期は24歳といわれ「クリスマスケーキ」と例えられる始末だった。

んで、その短大が少子化・女性の雇用機会均等などの時代の波を受けて四年制大学になってた。もちろんFランク大学
★オレ、両親からFランク大学DNAを受け継いでたんだな!
→オレみたいになるな、オレみたいな不幸な子どもを生まないためにできることは唯一つ。

所謂「大日本帝国」にすら受からないんだったら、浪人もしくは就職に有利な専門学校に行ってくれ。Fランク大学行って苦労すんの、決して自分だけじゃないんだぞ!

したっけね。