インフルエンザ、ダメ、ゼッタイ。
長すぎたバス待ちのせいで、また風邪拾ってしまった。この冬、何度めなんだろうか?これ、インフルエンザじゃないとイイんだが。この冬だけで、インフルエンザなるなる詐欺を何度も繰り返したかもだけど。もうそろそろワクチンの効き目が切れる頃なんで、気張って養生しないといけないなと思う昨今。
んで、インフルエンザが初めて猛威をふるったのが1918年。当時は「スペインかぜ」と呼ばれてたんだけど、その経緯がひでぇ。前回の投稿で取り上げた「1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか」にも取り上げられてたんだわ。
1918年、アメリカで今で言うインフルエンザが大発生。折しもその頃、ようやくアメリカが第一次世界大戦に本格参入した頃で。10万人単位の兵士がヨーロッパ大陸に上陸したら、そりゃ大流行するわな。
だがしかし、戦時中に「自国で謎の伝染病が流行中」みたいなニュース流せないじゃん
。それ知った敵が調子に乗って攻めてくる可能性が高いじゃん。よって、戦中国であるドイツ・フランス・アメリカでは検閲に引っかかって黙殺され。当時中立国であったスペインでようやくマスコミで取り上げられたから「スペインかぜ」と呼ばれるようになったんだと。
これよー、あの頃うっかりドイツに生まれてて。徴兵されて1918年に西部戦線に配属されて、不毛な戦いで消耗してるトコにインフルエンザかかったら。たぶん、こんなモンでは済まされない。
兵卒:Uberkegener Offizier,Ich habe mich erkaltet.
(上官殿、私は風邪ひきました。)
上官:Sei nicht albern,Ich Hunmoldt das unchi!
(ふざけるな、ふんばってクソして寝ろ!)
兵卒:Heute,Ich gute sterben.
(今日も元気にステルベン!)
→西部戦線異状なし、ひでぇ。
ただ、西部戦線の数多のひでぇ作戦より。我が帝国陸海軍の特攻作戦のほうがよっぽどヒドかったんですよね。最近、人間魚雷こと「回天」の乗組員ってどんな気分で闘ったのかと思うとひでぇ気分になれるし。それ立案した連中が、戦後ぬくぬく生き延びたと思うとやるせなくなるよナー。
なんかもう収拾つかなくなったけど、Peace&auf Widersehen!
したっけね。
飯倉章「1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか ドイツ・システムの強さと脆さ」(文春新書)
この本、とっても興味深かった。
去年、ベストセラー「応仁の乱」にて。筆者が応仁の乱のグダグダ具合を第一次世界大戦に例えていてて。じゃ、その第一次世界大戦はどんだけグダグダだったのか本書を読んでいたら。本書はドイツ側に立って検証してるんだけど、結論から言えばあの頃のドイツに生まれてなくていがったぁ♪県南地方の方は読んでください!としか言いようがない。
1914年当時のドイツのトップ、
皇帝 ヴィルヘルム2世
宰相 ベートマン
→だったんだけど、これ普仏戦争時のゴールデン・トライアングルである
皇帝 ヴィルヘルム1世
宰相 ビスマルク
→に比べて、各人が資質が足りないうえ。初動で躓いて、局地の紛争でおさまるべきトコが最終的には5年にも及ぶ世界大戦になる辺りがグダグダだった。
→魚は頭から腐るってヤツか。
しかもモルトケ(小)が激務からか脳卒中で表舞台を去ってから、後を継いだルーデンドルフ&ヒンデンブルグが軍の偉い人になったのがヒデぇ。本来なら、鬼軍曹で終わってればよかった人がトップに立ったせいで勝てる戦に負け、負けから学ばずまた負けて、いつも最前線に負担を強いてばかりなのにさらに負担を無理強いして。最終的には、講和に持ち込むタイミングまで何度も逸して祖国に悲惨な結末をもたらしてしまうトコがひでぇ。
特に最終年1918年春、西部戦線で大攻勢をかけるも。最前線でもこの大作戦が成功すれば戦争が終わると思って頑張ったのに芳しくない結果になり、結果的に軍部全体に失望感が漂ってしまい、たぶん1970年代のアメリカみたいな嫌戦ムードが高まって。結局、講和を受け入れた段階でドイツ帝国が崩壊。その後もグダグダした展開を繰り返しつつ、結局ナチスの台頭を許すのであった。
それにしても、だ。
明治維新以来、日本は当時の新興国であったプロイセンをお手本にしてた筈なのに。ドイツの失敗、ちっとも学習しないばかりか。まんまと同じ轍を踏んで、第二次世界大戦で負けたんだなと実感。
・兵員の命を平気で使い捨てる。
・敵を無駄に増やしてしまう。
・講和のタイミングを逸してしまう。
→21世紀のこの期に及んでも、同じ轍を踏まないことを真に願う。
特に本書を読んでてビビったのが、当時のドイツはトップが重要な判断を下してたから、トップ勢は心労でみんな病んでて。でも病んでるのに休んだり辞めない奴(=ルーデンドルフ)がトップの座を固守するせいで、ますます貴重な人命が奪われてしまうのが絶望しかない。このルデカスが!
笑えねえな、コレ。
具体的には、上が無理筋を通して来た頃にはだいたい滅びの道を歩み始めてることがよーくわかった。用心しよう。
したっけね。

1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか ドイツ・システムの強さと脆さ (文春新書)
- 作者: 飯倉章
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2017/12/20
- メディア: 新書
- この商品を含むブログを見る
速贄
引っ越しの前にまずやるべき事がある、それ即ちゴミ出し。少しでも荷物を少なくするため、そして行った先で余計なモノに囲まれて窮屈な思いをしないよう、まずはゴミ出しから始めなきゃで。今日はクローゼット周りを片づけてみたら、ゴミ袋8杯分の不要物が出てきた。つくづく思うんだが、こんなゴミ屋敷に、よく今まで住めたな。これでもまだ序章で、もう数回ゴミ出しをする必要があってイヤになってきた。明後日から丸2日みっちりやらねばな。
いざ部屋の整理をしたら、失くした物が変わり果てた姿で出てきて絶望する一方、ごくまれに思いもしないモンがポロっと出てくることもある。
「まるた」、沖縄県大宜味村の泡盛。昔ながらの製法でつくってるから、米が蒸れた時のような香りが強くて好き。最近の泡盛、やたらスッキリした味のモンが出回ってて。本場の連中の間でも、そっちが人気らしくて嘆かわしい限りだけど。そんな中で、気を吐いてる「まるた」がまさか岩手にあるとは。ホントこれ失くした奴いいセンスしてるな、まっオレなんですけどね!
製造年月日は2014年3月15日(もしや平成14年?)、現時点で既に3年経過。
「店頭で陳列して3年以上経過した泡盛も古酒(クース)だ!」
と主張する謎の勢力があって、そいつらの間で「みなし古酒」がプレミア価格で取引されるとかされないとか。しかももう一月で4年もの、どんな味になっているか楽しみ。しつこいけど来月の今ごろ、どんな味になっているか楽しみ。勝利の美酒になってればいいのだが。
で。なんでこんなお宝がポロっと出たかというと、結局モズのはやにえなんだよな。モズが捕まえたカエルを、非常食用に木の枝に刺すんだけど。残念ながら鳥頭の性で、刺したこと忘れてしまう奴。このデンで行くと、これからゴミ出しを進めていくとまーたお宝が出てくんだべな。つくづく、オレ捨てられない人間なんだなと思う。いまコレじゃ、年金もらう頃にはますますゴミ屋敷ひどくなってないか?
それが心配な一方、実家じゃ最近。老母がやたらゴミ出しに血道を上げてるのが、少し怖かった。
したっけね。
松田賢弥「影の権力者 内閣官房長官菅義偉」(講談社+α文庫)
「そのような事実はない」連呼マンこと、菅官房長官の人となりを知ってみようとこの本読んだら唖然としてしまった。
著者、ただの菅官房長官大好きマンじゃないか・・・。
帯コピーがやたらアツい。
「影の横浜市長」と呼ばれた男がついに「影の総理」に。時期総理大臣候補とさえ目される謎多き政治家の実像に迫る!
著者、岩手県北上市出身で数々の政治家を取材対象としていて、その中には岩手を地盤とする小沢一郎がいたんだが。地元だから、いろーんな事が耳に入ったのか後に「陸山会事件」のスクープをモノにする。実は著者、2009年に当時総務大臣だった菅氏の使途不明金問題をもスクープしてたのに、その後すっかり完落ちしたのか「ずいぶん壮大なラブレターだな」としか言いようのないこの本ができちゃいました。いがった♪
ほんと、これ読んでると菅官房長官への憧れを隠しきれないパワーワードがいっぱいで酔ってしまうんだけど。オレが痺れたのが、シンプルにして簡潔なこの一言。
菅の朝は早い。
→「新日本紀行」かよ!
毎朝5時に起きて朝刊に目を通すのが、菅官房長官の日課なんだそうだ。お年を召してるから、早く寝て早く目が覚めるとかじゃない。幼少のころ、早起きして学校に行く前に草刈りをしていた菅氏に身についた習慣なのである。短いフレーズの中に菅への想いを紛れ込ませる、和歌かよ。
菅への想いが暑苦しくて、他に読んでて気になったことが沢山あるんだけど。どうでもよくなってきました、いがった♪
県南地方の方は読んでください!
したっけね。
年収200万円以下のウチに生まれた子でもできる腕時計電池交換
昨日の投稿、書いてるうちに腕時計の電池交換への思いが高まってきた。腕時計の電池交換、これは思わぬネックとなるかもしれない。3年前、チープカシオがブレイクしたのはイイんだけど。そろそろ新品で買ったブツの電池が切れてくる頃なんじゃないか?
チープカシオ、それも実売価格1000円のMQ-24買った奴がね。電池が切れてお店に電池交換頼むと、たいてい料金1000円超えなんですよ奥さん!
→なら、新品買うよな?
ちょうど手持ちのMQ-38が電池切れしてたので、自分でやってみた。
用意するものは
ボタン電池(SR6215SW)
ピンセット
マイナスドライバー(幅5ミリくらい)
→電池は300円、ピンセット&ドライバーは100円ショップで用意できる。お得。
行程①
本体をひっくり返して、マイナスドライバーを本体のお尻のツメに入れて蓋をこじ開けます。
行程②
矢印部分をピンセットで脇にずらすと、ボタン電池が勢いよく飛び出します。
行程③
新品の電池を埋め込んで、件の矢印部分を定位置に戻すとミッション完了。
まじめな話、チープカシオのウリである日常生活防水機能。いざ蓋開けると
「こんなうっすいゴムパッキンで防水できてたのか・・・。」
→素人が下手にイジると、CASIOが求める機能が損なわれるかもだから自己責任でやれよな、と言うしかないんだけど。
→実際やってみると、チープカシオへの愛情が湧いてくるよ。
そんなこんなだから、まーたチープカシオ買ってしまった。4月になれば、奴が出るかオレが出るか。カブリ解消だからDW-5600買うかもだ。なんか、こんなに買いすぎてお買い物依存症かとも思うんだけど。たぶんこの現状、4月になれば解決できると思うわ!
したっけね。
(追記)
小学生の頃、余りにウチが貧乏すぎて。将来、絶対に食いっぱぐれが無さそうな業界を自分なりに考えた結果。
・ガソリンスタンド
・時計屋
って結論になったんだけど。コレ1980年代としてはイイ線いってたと思うけど、うーん。斜陽産業じゃん、あと20年すれば市場そのものが無くなってるかもナー。時代の変化、ハンパないな。
受験生の時計選び~後悔してからではもう遅い~
受験生の皆さま。最後の仕上げ、いかがですか?
別にオレが先輩ヅラして言うのもなんなんですが、これだけは言わせてほしい。
「その腕時計、本番でちゃんと役に立つと自信を持って言えますか?」
と。
オレ、高校受験の時に腕時計が電池切れして。会場には掛け時計もないから、時間が読めなくて焦ったんだわ。まさか買って半年もしないのに、もう電池切れかよ。とも思ったんだけど、腕時計を購入した時点で収納されてる電池は「テスト用電池」。もともと安いのが使われてるうえ、陳列されてた時期が長いと電池保ちも期待できないんだってな。と、いう訳で念のために受験前に電池交換した方がいいかも。
欲をいえば、できればソーラー電池モデルの方が電池切れリスクはぐっと減る可能性がある。ご検討なされたしだが、大事な試験中に時計が動かなくなるリスクは他にもある。例えば、アナログ時計の場合、歯車類が磨耗して突然動かなくなるリスクがある。5年以上経過したブツはメンテに出した方がいいかもしれない。
本当は、腕時計両腕巻きがベストなんだよな。それ本田圭佑になりたいボーイと思われがちだけど、それが最もリスクが低いのは言うまでもない。オレ、去年受けた資格試験に右腕にSEIKO 5(自動巻)、左腕にCASIO AL-190W(ソーラー)で臨んだ。だから受かった。自動巻とソーラーなら、だいたい無敵。そりゃ自動巻は一日に数十秒レベルで誤差が生じる不正確な代物だけど、万が一にも北朝鮮が電磁パルス攻撃を試験中に仕掛けた場合すべてのクオーツ時計はオシャカ。まあ、そんな場合は試験は中止になるんだろうけど、試験と言う名の勝負場は臆病すぎるくらい用心した奴が最後に笑うんです!
とはいえ、いくら腕時計がばっちりでも肝心な頭がアレでは元も子もねーよな。最後の最後まで学問に精を出されたし。「もっと勉強してればよかった」と後悔する奴はいても、「もっと勉強しなければよかった」と後悔する奴なんかどこにもいない。オレももっと勉強すればよかったと思うことがある。もっと勉強してれば、今ごろは上司が無能係長で。テメーのせいなのに何故かオレのせいにされてしまい、朝っぱらからみんなの前で怒鳴られることもなかっただろうよ。あー腹立った。来年度、覚悟しろや!
したっけね。
(追伸)
高校受験の際につけてたのがマルマンで、いまもココ腕時計やってんのかなと調べたら。F-91Wインスパイア出してた。大阪でウケそうだな、コレ。
はじめての生活指導
自堕落な生活の末、遂に健康診断に引っかかってしまい、生活指導を受ける羽目になってしまった。
その理由、自分でもよーくわかっていた。近年とみに肥えてきてた、その理由は勿論ストレスで。去年に比べれば環境は大分マシになったと思うけど、また別のストレス要因があるから。特定外しでざっくり言うと、意志疎通ができない奴が謎采配してる職場は詰む。じんわりストレスが募る、痩せられない。
今回指導を受けるに当たり、非常に手厳しい指摘を受けんだべなとか。ライ○ップかよと言いたくなるような、余りに達成不可能な目標設置させられんだべな。鶏のササミが主食になんだべなと身構えて臨んだら、意外とそうでもなくて拍子抜け。
目標:6ヶ月後までに3キロ減量。
→これなら、オレでもできるかも。
指導員様のおっしゃることには、例えば激しい摂食や運動の末に10キロ痩せたとしても。身体の方は我慢に我慢を重ねている訳で、元の食生活に戻ると身体が「もとに戻るために、栄養いっぱいため込むぞ~。復興、いがったあ♪」
と不本意な行動をとってしまい、結果リバウンドしてしまうんだそうだ。わかる。
さて、6ヶ月後に3キロ減量するための方策としては。
①いつもの朝食にタンパク質をプラス
→炭水化物の燃焼を助けてくれるらしい
②夕方にカロリー低めの間食を摂る。
→オレの食生活、昼食と夕食が6時間以上空いてるのがマズかったらしい。というのも、時間が空きすぎて身体が飢えてしまい。いざ夕食となると効率よく栄養を取り込んで、脂肪として蓄える体質になってしまうんだそうだ。
③風呂はシャワーで済まさず湯船に入る
→身体を暖めることで、代謝がよくなるそうだ。
④遅くとも0時前には寝る。できれば寝る直前にはテレビ・携帯の画面を見ない。
→睡眠時間が、筋肉の修復に充てられていて。その際に脂肪が消費されるんだそうだ。
指導員様のアドバイス、いちいちストンと腑に落ちた。これなら、オレでもできるかもしれない。「6ヶ月間で3キロ」、これ即ち今年のオレの目標「小さく勝つ。小さく勝ち続ける」そのものじゃないかと思う。
まず、夕方5時に軽めの間食とって。ちゃんと湯船に入ったのは言うまでもない。あとはオチャケを嗜む程度にして、寝る前は間接照明で暗めにして、オリビアを聴きながらジャスミンティー飲みゃいいんだろ?出会った頃は、こんな日が来るとは思わなかったよ!
とりあえず、無理のない目標達成目指して。小さく勝ち続けて行くし、勝てる相手としかケンカしないでコツコツ勝ち続けて行きまーす!
したっけね。